走ること


e0141270_21283345.jpg
昨年、村上春樹著『走ることについて語るときに僕の語ること』を読みました。この本は「走ること」を軸に、村上氏が自分自身のことについて書いている興味深いエッセイです。彼のように走ることが好きで、実際にフルマラソンを走れるほどの実力のある方と比べたら私はその足元にも及ばないレベルですが、昨年、走ることが少しずつ好きになったこともあり、自然とこの本を読みたくなりました。

この本を読み終えてしばらく経った今、私が「走ることについて語るときに私が語ること」はどんなことだろう、と思いました。そこで、稚拙かもしれませんがこんなことを考えてみました。

走ることに興味を持ったのはスポーツクラブに通い出して徐々に身軽になっていった頃。初めはダイエットが目的の運動でしたが、体重が減り筋力がついてくると自分の関心は「体力作り」へと移っていきました。初めの頃の、ただ辛いだけの運動が楽しくなっていったのは、週3回のワークアウトを通じて体力と精神力の両面で自信がついたおかげでしょう。

そんな時、「走ることの何がおもしろいのか」という声を周りで時々耳にするようになりました。

走っていてもきついだけだし、いくらがんばっても時間の経つのが遅い。はっきり言って退屈な運動じゃないか。うーん、そう思うのであればそうなのかもしれないですね。そういう意見があって、もちろんかまわない。人それぞれだし、たまたまランニングが私に合っているだけのことだから、皆が皆ランニングをすべきだということではありません。私だって、辛いだけの運動をしても意味がないと思うし、自分がやりたくないことは無理してやらなくてもいいと思う。でも、もう一度言いますが、私の場合、走ることはもはや「ダイエット」ではないのです。

私にとって走ることは、(格好つけた言い方ですが)自分自身と向き合うことです。ちょっときついと思ってもまっすぐ前を見て目標に向かって突き進むこと。自分が追い求めるものに一歩でもいいから近づこうと努力すること。淡々とした動きの中にそういう思いを抱えながら走っていると、自分が決めつけていた体力の限界をいつしか超え、想像以上のパワーが生まれることもある。頭で考えているだけではなかなか思い通りにならないことが、体も動かすことによってそれを達成できる力をつけられることもあるのだと、ランニングを通じて実感できる。その力は運動と直接関係のない日常生活を送るうえでも大きくプラスになるのではないでしょうか。私はそう思っています。

そういうわけで、走ることに興味を持つようになってから気づいたのは、自分らしい生き方が一つ増えたということ。どんな手段であれ、ランニングを通じて自分の精神が少しばかり強くそして豊かになったような気がしてうれしい。

これが、私が「走ることについて語るときに私が語ること」です。
[PR]
by ppompie | 2008-04-20 21:41 | スポーツ | Comments(0)


<< カードリーダー/ライター サングラスとポーチ >>